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佐用町災害で損害賠償提訴

 昨年の佐用町豪雨の遺族が、佐用町に損害賠償を求める訴訟を起こした。

 ご遺族の心中は察するに余りあるが、これは棄却されるだろう。いや、
されないと防災なんてやっていられない。

 基本的に避難勧告の類は、市町村長が発令するのであるが、実務の担当は
総務部(に類する部署)である場合が多い。
 はっきり言って、防災のプロではない。その方々に、絶対の判断を求める
など非現実的である。
 この訴訟で損害賠償せよ、なんて判決が出たら、市町村は大雨洪水警報が
出たら即座に全地区で避難勧告、くらいの極端な対応でもしないと怖くて
やっていられないだろう。

 それから自然現象に「絶対」はない。同じ雨が降っても、その他の自然条件や
社会条件が異なれば災害にならない場合もある。それを確実に予見することなど、
この先どれだけ科学技術が発展しようと不可能である。

 最後に、役所の指示に唯々諾々と従うのも止めようじゃないか。役所からの
指示があろうがなかろうが、危険を察したら避難する。そのためには自分の
住む地域の危険性を知ることが必要だ。義務教育で地域の防災について学ぶべき
である。小学校でお遊びの英語を教える時間があるんだったら、防災教育を
やってくれ。なんぼでも手伝うぞ。
 それから日頃の地域コミュニティーで、「共助」の意識を向上させる。あそこの
家には身体の悪い爺ちゃんがいるとか、どこにどんな人が住んでいるのか知っていて、
いざというときには地域で助け合う。個人情報保護法なんぞ、糞喰らえだ。
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テーマ : 建設業
ジャンル : ビジネス

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No title

はじめまして。記事を拝見いたしました。
技術的観点は別として、法に関し極めて問題の多い見解ですね。

>はっきり言って、防災のプロではない。
法的に避難勧告を出しうる行政庁が防災のプロであるかないかは行政内部の問題であって、損害を被った市民との関係で論じられる問題ではありません。
仮に防災のプロがいないとしても、それは行政が免責される理由にはなりません。
(もちろん、立法を見直す、つまり防災体制自体を見直す理由には十分になりますが。)

仮に、あなたが複数人から暴行を受けているのにそれを見かけた警官が阻止しなかったとして、
その警官が「自分は知能犯担当であって、暴行を止める役割にない」と言えば、それで責任がなくなるとお考えですか。
本件についても、避難勧告をとるべき主体の行為である以上、防災のプロであろうがなかろうが、過失があれば責任があると考えるのが原則論でしょう。
(逆に言えば、行政として採るべき注意義務を果たしていれば結果が如何であれ過失は否定されるのですから)

>それから自然現象に「絶対」はない。
「自然現象は部分的にすら予測できない」という変な論理にすり替わっています。
正しくは、「自然現象を『完全に予測することは』できない」という意味ではないですか。
自然現象といえども一定程度は、部分的には、予測ができるから、避難勧告が意味を持つのです。

一定の予測が出来る以上、その予測をすべきであるにもかかわらずしなかったとなれば、注意義務違反による過失認定は可能なはずです。
(本件では、事前の計画に反して、避難勧告を出すタイミングが1時間20分遅れている、という点が問題になります)

>役所からの指示があろうがなかろうが、危険を察したら避難する。
役所と一般人との間の情報量に格差に目をつぶる、おそろしい自己責任論ですね。
一般人が自主的に避難するのは良いことですが、自主避難がないからといって行政が免責されるというのでは、行政の存在意義はどこにあるのですか。
「防災教育」として自主避難を推奨することは賛成しますが、それに反したからといって行政が注意義務を尽くさなくてよい理由にはなりません。

>個人情報保護法なんぞ、糞喰らえだ。
個人情報保護法の意味はお分かりですか?
「データベースをもつ事業者」を対象にした法律が、どうして地域の自助の文脈で出てくるのですか。
地域に住む1人1人の連携を強化する上で、個人情報保護法は何の関係もありません。

総じて、法的無知が多すぎます。
技術職として社会に貢献していらっしゃる方が、「立法に」問題があると思われるのは素晴らしいことです。
しかし、司法や行政の問題と同一視するのはおかしいことです。

No title

どんどん橋さま

はじめまして。
書き込みありがとうございます。

独断と偏見に満ちたブログに対して、厳密な法解釈を求められても困るんですが(笑)。

>法的に避難勧告を出しうる行政庁が防災のプロであるかないかは行政内部の問題であって、>損害を被った市民との関係で論じられる問題ではありません。
>仮に防災のプロがいないとしても、それは行政が免責される理由にはなりません。
→はい、その通りですね。じゃあ、彼らはどうすると思います?とにかく勧告を出せば
 こと足れり、とばかりに少しの雨でも「はい避難して」となるでしょうね。そうならない
 ためにはどうすればよいのか「代案」をご提示いただけるとありがたいですね。

>「自然現象は部分的にすら予測できない」という変な論理にすり替わっています。
>正しくは、「自然現象を『完全に予測することは』できない」という意味ではないですか。
>自然現象といえども一定程度は、部分的には、予測ができるから、避難勧告が意味を持つので>す。
→「予測」というのは、いつ・どこで・どの程度の(規模と形式)がそろって初めて成立します。そんなもん、部分的であろうができるわけないですよ。どんどん橋さんの論理でいくと、上記の3点を部分的にでも予測できるということなんでしょうかね(もしかして天気予報の降水確率程度のことをお考えですか?あれは予報であり、予測ではないですから。)。例外的に、ある斜面にセンサーを設置していれば「そこの斜面だけ」は予測に近いことができるかもしれませんが、コスト面から言って危険な斜面全てに設置するのは無理ですよね。避難勧告の実態なんて、どこかで川が決壊したとか、斜面が崩れたとか、何らかの現象が発生してから出されているのです。

>役所と一般人との間の情報量に格差に目をつぶる、おそろしい自己責任論ですね。
>一般人が自主的に避難するのは良いことですが、自主避難がないからといって行政が免責さ>れるというのでは、行政の存在意義はどこにあるのですか。
>「防災教育」として自主避難を推奨することは賛成しますが、それに反したからといって行政が>注意義務を尽くさなくてよい理由にはなりません。
→役所が情報提供するなんていうのは、前提条件で当たり前。こんなブログごときでそこまで書いていられませんよ。それから行政が免責されるとか、注意義務を果たさなくてよいなんて、どこを曲解すれば出てくるんでしょうか?素晴らしい読解力ですね。恐れ入ります。「公助、共助、自助」のバランスが必要なことなんか、当たり前すぎて言うまでもないことです。

>個人情報保護法の意味はお分かりですか?
>「データベースをもつ事業者」を対象にした法律が、どうして地域の自助の文脈で出てくるので>すか。
>地域に住む1人1人の連携を強化する上で、個人情報保護法は何の関係もありません。
→ここは誰か喰いつくと思っていましたが、ありがとうございます。どんどん橋さん、防災の仕事ご存知ですか?私は実務で某自治体の防災マップを作製したことがあります(防災マップが自助のための基本中の基本ツールであることはお分かりですよね?)。その際、ブログに書いたような「災害時要援護者(←こういう用語ご存知ですか?)」の情報を表に出すべきだと、ケア関連の事業者に問いただしたことがあります。しかし「法律がありますので」でアウトですよ。同法16条なんか、全然役に立ちません。

以上、すべてのご意見にお答えしたわけではありませんが、いかがでしょうか?どんどん橋さんは法解釈については良くご存じのようですが、防災の現場についてはあまりご存じないようですね。とてもブログで書けない、ドロドロした話で一杯ですよ。

ま、しかし今回のように法律の専門家からご意見いただけると勉強になりますね。今後とも宜しくお願いします。

No title

そうですか。私としても知らないことが多いので勉強になります。
どうやら、執筆者様は三権分立の認識が欠けているか、あるいは十分認識があるにせよ書き方に不備があるようですね。
仕組み論についてではなく、現行法上可能であるにもかかわらず、(現行法の仕組の不備を理由に)被害者救済の道を閉ざすのは、法治国家として本末転倒した話だと考えます。
これで話は終わりですが、以下参考までに応答しておきます。

>そうならない ためにはどうすればよいのか「代案」を提示せよ
まず、はっきり申し上げておきます。
代案は提示できません。
しかし、いうまでもありませんが、訴訟を考える上で代案(正確には代替的な仕組み)を提示する必要はありません。

おそらく、これは着眼点の違いでしょう。
「立法」=どういう仕組みをつくるのか、という観点を考えてらっしゃるのでしょうから。

しかし、訴訟で問題になっているのは、そこではありません。
「行政」=その仕組みのなかで果たすべき義務を果たしたか、という点が問題になっているのです。
つまり、こういうことです。
「『実質的に』ねじ曲がっていようが、それは法的にはねじ曲がって『いない』。
 したがって、法的に『正しい』仕組みのなかで、果たすべき義務を果たしていなければ、免責の余地はない。」

応答中の見解でいえば、「避難勧告を出した」でおしまい。
そこから先は、立法の問題であって、訴訟上の問題ではない。
仮に避難勧告が出ていれば、訴訟上過失要件は充足されないでしょうから。

従って、訴訟を引っ張ってくるのであれば代案を考える必要はありません。
しかし、(おそらくこちらが本意なのでしょうが)仕組み自体を考えましょうというのであれば、そもそも訴訟を批判する形式をとる必要はなく、取るべきではありません。
従って、三権分立に関する認識に不備があります。
もちろん、括弧書きで注釈した通り、「つまり防災体制自体を見直す理由」にはなりえます。

>どこかで川が決壊したとか、斜面が崩れたとか、何らかの現象が発生してから
避難勧告という行政指導は、現象が発生しない限り出せないわけではありません。
「災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、人の生命又は身体を災害から保護し、その他災害の拡大を防止するため特に必要があると認めるとき」です。
具体的な確率まで予測できる訳がない、という点には同意します。しかしだからといって、災害発生の予測ができないとは言えません。
また、上の争点において仮に譲歩し、物理的に予測できないとしても、そんなことは『被害者の知ったことではありません』。
避難勧告が法定されている以上は、なんらかの予測ができると『国民全員が認めた』ものと見なされるわけで、法の仕組みとして予測し得ないとは言えません。そうでなければ、上の規定(災害対策基本法)の条文が解釈できなくなります。
(その仕組み自体がオカシイという話は、何度もいっているとおり立法論でやる話。
 現行立法下では国民が勧告を信頼する仕組みができているのですから、それを理由に被害者救済を拒むのは本末転倒でしょう。)


>自己責任論について
バランス論の認識があるのでしたら、構いません。
認識の根拠を示せば、以下の通りです。
記事の導入は「訴訟は棄却されなくては困る」とし、その論拠として、以下の三点を挙げていらっしゃいます。
①「基本的に」プロではない
②「それから」自然に絶対はない
③「最後に」役所の指示に唯々諾々と従うのもやめるべきである
従って、訴訟批判の形式で書かれた記事中の論拠③は、
「被害者が」「役所の指示に従ったのは」「唯々諾々である」が故に「行政は免責されるべき(=棄却されるべき)」
という反対解釈がなり立ちます。
記事は、「訴訟は棄却されるべき」というトピックについて論じられていますから。
これが、「訴訟を契機にあるべき仕組みについて考える(立法論)」であれば、私の認識は失当でしょう。
しかし、記事が「訴訟それ自体の当否を問う」ものである以上、記事批判は失当とは考えません。記事の書き方に不備があります。

しかし、バランス論認識が存在することが明らかにされた以上、この点を争う実益は無いと考えますから、批判は撤回します。

>実務について
なるほど、そのような実務状況があるのですね。勉強になります。
しかし、おっしゃるような問題があるとしても、個人情報保護法それ自体をクソ喰らえとする論拠にはなりません。
適用の問題があるからといって法文自体が不必要であるとはとても言えませんから。
仕組みを考慮する上では法秩序全体の認識が必要不可欠である以上、防災行政の観点から問題があるからといって、法律自体をクソ喰らえという論は無理があると考えます。
地域の共助が必要であるとしても、それと憲法上のプライバシー権との衡量を捨て去っていいわけではありません。

以上、要するに、執筆者様は三権分立の観点を欠いておられるか、または書き方に不備があると考えます。
私が問題とするのは、司法上判断されるべき行政の義務如何という点です。
執筆者様の書き方では、その点についての義務違反があっても問題視するには値しない、という解釈になります。
「お上のやったことについて義務違反があっても文句を言うんじゃない」というバカげた解釈になってしまいます(おそらく執筆者様の本意ではないでしょう)。そのような解釈は採られるべきではありません。

従って、訴訟批判の形式で書かれた本記事は、仕組み論を論じる記事とは言えず(そのような記事になさりたいのでしたら、書き方を改めるべきであって)、記載に不備があると考えます。

それでは。

No title

どんどん橋さま

色々とご指摘ありがとうございます。勉強になりますね(イヤミじゃないですよ)。

まず最初に言っておきますが、私は訴訟自体がけしからん、などとは微塵も述べていません。これで勝訴したら行政は「羹に懲りて膾を吹く」対応をする事になるだろうね、という点を指摘したまでです。

訴訟上、代案は不要というのはわかります。しかし実社会というものは、他人の言葉を批判するのであれば、「それじゃダメだからこうすべきだ」と代案を示すのが大人の議論ですよね。ま、民主党や社民党の弁護士代議士センセイ方が、「何でもハンタイ」で代案を示さないのも当然といえば当然のことですかね。そのあたりの「法曹の感覚っておかしくね?」というのも裁判員裁判制度導入の理由なんでしょうか。

おっと、話がずれましたね。

また色々とご教示ください。それでは。

No title

初めまして。
防災に関しては全くのど素人なのですが、コメントを拝見していて、いくつか感じた事があったので書かせていただきますね。

どんどん橋さんがスパイダーガードさんの書き方に不満があるのは解りますが、これは個人のブログであってヤ○ー等のニュースとは違いますよね? 私が読んだ限りではどんどん橋さんは「書き方が不適切だから、書き改めよ」とおっしゃっているような感じを受けるのですが、個人のブログなのだから、ブログ主さんがどう書こうと自由なのではないでしょうか?
自分の気に入るように書き直せと、押し付けるような発言をするのはどうかなぁ、と思います。
もちろん自分の意見を言うのは自由ですし、ご本人にはそういう気はないのかもしれませんけれど、少なくとも私にはこう感じられました。

それから他人のブログを読みに来る人って、自分もブログを書いていらっしゃる方が大半だと思います。
以下、ブログを書かれているという前提で書きます。

ネットの匿名性を利用して、自分の意見を述べるのはいいのですが、私だったら自分のブログのURLの記載もしない(できない)人は「同じ土俵で相撲を取る勇気のない人」なんだな、と思って、どれだけ立派な意見(反論)を述べようと、「で?」などと思ってしまいます。

この場合は「反論」ですから当てはまりませんが、もしこれが「悪意の含まれた悪口」で、自分のブログに宛てられたものだとしたら…「自分のブログのURLのリンクも張れないような人が、何を戯言ほざいているやら」って、ブログで相手の「宣伝」をするのもナンですが、「こんな『かわいそうな人』が、私のブログに書き込みに来ました。人の幸せを妬む事しかできないだなんて…もっとご自分の時間を有効に使う事を考えられてはいかがなんでしょうかね~」とでもブログネタにでもするかな、私だったら。
私にとっては同じ土俵に上がる勇気のない人は、その程度の価値しか見出せないので。私が親しくしていただいているブロガーさんも、人気がある方ほど同じような考えをされているようですが…。

真面目な議論をされている中で、こんな意見を述べるのはどうかとも思いましたが、ネットマナー(?)としてどうなんだろう、と疑問に思ったので書き込みさせていただきました。

日本はお盆休みに入るようですが(もう入ったのかな?)、暑い時にはアイスでも食べて頭を冷やされるのも良いのでは、と思います(笑)。

ブログ主さん、話題が不適切だと思われたら、遠慮なく削除して下さいね♪

No title

ぞっこん さま

書き込みありがとうございます。
まあ、独断と偏見に満ちたブログなので、色々と噛みつかれるのは承知の上です。
というか、それを楽しみにしているんですがね(笑)。

ただ、書かれていることを曲解して批判されるのは勘弁して欲しいですね。
「訴訟そのもの」を批判しているわけではないのに、アンタは訴訟を批判している
なんて曲解されたんじゃ堪りませんわね。
プロフィール

スパイダーガード

Author:スパイダーガード
技術士(総合技術監理、建設、応用理学部門)
ブラジリアン柔術(紫帯)

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